ボランティア

白馬村災害ボランティアフォーラム

2015年11月28日

昨日は、白馬村で行われた、白馬村災害ボランティアフォーラムに参加してきました。

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内容は、
 スライドショー「発災からこれまでの白馬村の様子」
 シンポジウム「震災から学んだこと、これからの地域づくり」
 ワークショップ「災害資機材の展示とデモンストレーション」
        「防災豆知識」
と言った感じです。


スライドショーでは、
地震発生翌日の様子から始まり、
危険と判断された家屋(赤い札が貼られます)には立ち入りが出来ませんが、安全確保を行い貴重品の取り出し作業を行ったこと。これは、被災地では通常行われないことだそうです。
2004年の中越地震では、雪の重さで最終的には倒壊してしまった家屋があり、同じことが起きないようにと補強工事行った、また、中越地震の時の仮設住宅は屋根が平らであったことから、雪下ろしが大変であった、その教訓から白馬村での仮設住宅は傾斜した屋根の仕様となっている。
そんな話がありました。

シンポジウムの話の中では、
地震後区長さんが一軒一軒回って安否確認を行ったそうです。周辺には灯油のにおいが漂っていたそうです。
私の住んでいる場所は別荘地です。区長さん知らないな。
避難する時は、ブレーカーを落とすだけでなく、灯油の栓も閉めておかないとダメですね。
情報の伝達がうまく伝わらなかったといった話もありました。
口頭で伝えても駄目、プリントでも駄目、気持ちに余裕がない中では、読むこともなかなかできなく、伝わらないようです。

機材についてのワークショップにも参加。

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ちょうどタイヤ交換をする時期で、用意してあったジャッキでつぶれた家屋から救出した場所もあったそうです。
ジャッキはあるし、チェーンソー、ノコギリ、サンダー、小型のハンマー、ナタもある。
大型のバールは原木を移動するときに欲しいと思ってホームセンターに見に行ったことがあります。買おうかな。
ロープワークも面白かった。勉強したい。
ハスクバーナーのパンツが欲しくなった。これは買ってもいいな。

白馬での出来事は、どこでも起きることです。
災害が起きた後に自分は何ができるのか、考えています。

南相馬市小高区 ボランティア

2015年07月21日

先週7月18日久しぶりにボランティアに参加してきました。
昨年は、仕事でいろいろとあり、参加出来なかったため久しぶりの参加となりました。

今回のボランティア作業は、居住制限区域内のお宅の草刈り、木々の伐採でした。
通りから建屋が見えるようにするための防犯対策の伐採でもあります。
チェーンソーの作業となりました。

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小高区は来年の春、避難指示解除準備、居住制限両区域の解除を目指しています。
周辺の田畑でも、除染作業が進められています。
作業を行った近くの踏切にて。
線路の補修中です。もう少しと言った感じ。

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小高駅です。前日ホテルでTVを見ていて、紹介されていました。
駅前のお花畑を整備している方がいらっしゃると。
帰宅途中に見てきました。

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来年の春、またここに訪れたいと思っています。

いわき市 観光編

2013年12月10日

土曜日のボランティアの後、夕日を見に三崎公園へ向かいました。
運転しながら、あー沈んでしまう。。。。。

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間に合わなかった^^; 残念。
三崎公園には、海に突き出た展望台があります。ちょっとビビりました^^
展望台、マリンタワーがありなかなかいい公園です。

HP:三崎公園

ホテルにチェックインして、疲れもありましたが、やっぱり見に行きました。

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露天風呂が広かった~。湯加減がちょうどよく長く入っていられる。
寒さのため、上がる湯気がライトに照らされいい雰囲気でした。
ロコモコを食べて、ショーが始まるのを待ちました。
あまりいいポジションではなかったのでいい絵はありませんが、っていいわけ。

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アイナは、ハワイ語でふるさと。

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手の動きが美しく。

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映画を見てから一度は見に行きたいと思っていました。
来てよかっか、楽しめました。

HP:スパリゾートハワイアンズ


日曜日は、いわき・ら・ら・ミュウへ。

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HP:ら・ら・ミュウ

行われていた、いわきの東日本大震災展。もちろん見てきました。

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昼食にいただいた2色丼。

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鮮魚売り場でいただいた、生ガキ。デカかった。

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お腹一杯で帰路へと。

あ、お土産買うの忘れてる。


高速運転中、途中で気がついた。。。。。

いわき市薄磯地区、豊間地区

2013年12月09日

ボランティアは土曜日だけの活動でしたが、さすがに長距離運転は疲れるので、一泊しました。
午前中、再び薄磯地区と豊間地区をまわりました。

学校の校庭に積まれた瓦礫。

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昨日バスの中での解説していただきました。
分別がされてなく、瓦礫の処理に時間がかかっているとのことでした。
校舎は使われていません。あの日のままです。

車を止めて少し歩きました。

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基礎だけが残されています。
ボランティアの方々が、描いた花。寂しさをいやすために。

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堤防にも絵が描かれています。

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小さな地区ですが、150名ほどの方が亡くなられています。
手を合わせてきました。

灯台の南側にある豊間地区です。
こちらも堤防沿いは基礎だけが並んでいました。

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サーフィンをする方が多くいらっしゃいました。

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砂浜を歩いてみました。
この浜の砂は、鳴き砂とのことでしたが、音は聞こえませんでした。

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震災後福島に来たのは5回目ですが、海岸を歩いたのは今回が初めてでした。
美しい景色でした。

観光で回ってきた場所は、まとめて明日にでも書きます。

いわき市でのボランティア

2013年12月08日

昨日7日(土)会社の有志のボランティア活動に参加してきました。
総勢51名。今回も私は、自家用車での参加です。
場所は、いわき市、初めて訪れる場所です。

今回は、ふくしまオーガニックコットンプロジェクトのお手伝いです。

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作業は、コットンの収穫がメインです。
収穫は簡単なんですが、ついたゴミ(葉っぱや砂)を取るのが根気のいる作業でした。

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午前と午後、別の畑で収穫作業を行いました。

お昼の後、平薄磯の山六観光で、社長さんに震災当時の話をしていただきました。

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薄磯地区の地震の被害と津波の被害について。
地震での倒壊は1件だけ。その後の津波でほとんどが倒壊してしまった話。
この地を襲った津波の高さ、回数について。13メートル。11回。
津波に対して認識不足であった話。避難して戻って来て、津波にあってしまった方がいた。
津波を見ていた話。水が引き、6メートル下の海底が見えそして津波。
支援の格差の話。
人がこの地に戻ってくるかどうか。

その地域によって抱える問題は違うものだと改めて感じました。

店舗の前には、美空ひばりさんの遺影碑とみだれ髪歌碑が並んでいます。

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前に立つとみだれ髪の歌声が流れます。
山六観光さんは津波の被害がありましたが、この遺影碑は無傷だったそうです。

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右上に写っていいるのが塩屋崎灯台です。
みだれ髪は、この岬をモチーフにした歌詞が歌われています。

HP:ふくしまオーガニックコットンプロジェクト
HP:山六観光
HP:薄磯復興協議委員会
HP:いわき市観光情報サイト

白鳥達への思い

2013年03月22日

昨年の3月にも福島でボランティア活動を行いました。
福島に一泊し、朝福島から南相馬に向かうとき、
3羽の白鳥が綺麗に並びながら飛翔してきてくれました。
不安と緊張感があるなか、癒してくれました。

そうか福島にもいるんだ。

先週のボランティアに参加する前、Blogを検索して、
小高区で白鳥達が鳴きながら飛び回っている。
そんな記事を読みました。
今年も来てるんだ、その姿を見たいと思っていました。
ボランティアセンターに向かう前、探してみましたが、
残念ながら見つけられませんでした。
作業中も空が気になっていました。

あの日彼らもここにいた。
彼らもここで被災した。
巨大な津波を空から見ていたのかもしれません。
それでもまたこの地に戻ってきた。
嬉しく思っています。
その反面、
昨年は警戒区域内で過ごしていた彼ら、
何も知らずに分からずに。
彼らの命に、
何事もなければとの思いもあります。

南相馬市小高区でのボランティア活動

2013年03月17日

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先日の16日は、会社の有志で行われているボランティア活動に参加してきました。
今回も活動場所は南相馬市小高区です。

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会社からは57名の参加です。
この日ボランティアセンターには約200名の方が集まっていました。

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今回の作業は、用水路の泥出しです。
すっかり埋ってしまって、どこにU字溝があるか分からないような場所でした。
まだまだこんな場所があちこちにあります。
まずはどこにあるか探しだし、そこから広げて行く作業です。

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作業後です。

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手前の流れは小高川です。
その向こう岸に、瓦礫の山が続いています。
まとめてはありますが、他の地域のように撤去はされていません。

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農地の中に、自販機が立っていました。

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南相馬市小高区は昨年の4月16日に警戒区域が解除となり
入ることができるようになりました。
あと1カ月で1年になりますが、この場所は、復旧はまだまだです。

今年も何度かお手伝いに行けたらと思っています。

南相馬でのボランティア

2012年10月06日

先月9月29日に一日だけですが、ボランティアに参加してきました。
今回も会社の方たちと一緒です。

自宅で少し眠って、28日金曜日の22時半ごろ出発。
南相馬道の駅に到着したのは5時半頃。ちょっと仮眠をとります。

前回のボランティアで作業をした場所を2カ所確認。
田んぼのほうは、草を刈ってあり、綺麗にしてあった。
ガソリンスタンドは、表の片づけは進んでいましたが、まだまだといった感じ。

今回は復興浜団さんと合流しました。
作業は、農業用水路の泥出しです。

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水路に入ってスコップを振りました。

一振り一振り。この一振りが復興へとつながる。

依頼者が綺麗になった水路を見て、次へとつながる。

そんなことを思いながら。


復興浜団さんは、Facebookのアカウントをお持ちです。
よかったら見てください。

また行くつもりです。福島に。


南相馬市でのボランティア活動

2012年06月08日

見てきたもの聞いたこと。

東北自動車道
 綺麗に舗装された場所もあり、補修工事が進んでいました。
 でもまだ、福島に近づくにつれ、段差あり注意の看板がありました。

あだたら高原で
 未来への希望の言葉。

小高区で
 割られたガラス、壊された両替機。心を壊す行為。なんでだ。

今回も地元の方のお話を聞く機会を設けていただきました。

前回もお話を伺った市の職員さん。

 人口の推移の話。
  震災後1万人以下となり現在は→44500人に戻ってきている。
  前回のボランティアから3ヶ月経過、2千人戻ってきている。

 地盤沈下と農地の話。
  小高区はゼロメートル地区があった。防波堤を築き、満潮時には、ポンプで水をくみ出していた。
  津波によって堤防が破壊され、地震による地盤沈下で、海抜-1.5mの地区ができてしまった。

  先祖が干拓して作ってきた農地。
  借金をして買った機材はすべて流されてしまった。再び農業を行っていくのか。
  難しさ。

 復興に向けた話。
  復興に向けた冊子が出来上がっていました。
  前回はお話の中にあったことが実際に形になってきているようです。
  沿岸部にソーラー発電。
  南相馬市には、火力発電所、変電所もあり、ソーラー発電に結びつけるのにもメリットがあるそうです。


 除染の話。
  広域での除染作業を行おうとしているが、進まない。
  除染で出たゴミの仮置き場が決まらない。


地元の方の話。
 自宅は、海岸から300m。基礎から全壊。
 地震の発生時の状況。
 建物にひび割れが入り。浄化槽に車が落ちた。
 立ち上がることができなかった。。

 仕事場から家へと向かうとき、
 地面が割れていくのを見た、いつもの道がなくなり、海が広がっていた。
 
 最後に笑わせてくれた、良かった。
 


いつか、あのガソリンスタンドに、立ち寄りたい。 いつか、かならず。

南相馬市でのボランティア活動

2012年06月05日

2日、3日の午前中、南相馬市でボランティア活動に参加してきました。
前回に引き続き、会社の有志での活動です。

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今回は、4月16日に警戒区域が解除となった小高区に入りました。
前回お世話になった旧称仲町ボランティア活動センターが小高区に移転し、活動を行っています。

小高区は、震災後の状況がそのまま残っていました。

 時間のとまった町です。

道路上のがれきは撤去されていますが、斜めになった電柱が並び、車はガードレールに乗り上げ、田畑にも残されていました。
電気は復旧しているそうですが、上下水道はまだ使えません。

今回の作業は、ガソリンスタンドの什器、機材、ガラス、書類、瓦礫の撤去、泥出しと、隣接するお宅周辺の泥出し等を行いました。
海岸からは2kmほど内陸ですが、80cmほど津波が入ってきた痕跡が残されていました。
部屋によってはもっと高くなっていたようです。

什器や機材はすべて水につかってしまい、泥もかぶっており、使えないとのことで、処分するため運びだしました。
部屋によっては、泥が堆積し、その泥出しも行いました。
スタンド裏手と、隣接するお宅周辺にも10cmほど堆積した泥があり、これも集めました。

オーナーの方に来ていただき、お話をいただき、作業も見ていただいていました。

少しだけ、時間を進めるお手伝いができたと思います。

南相馬市でのボランティア活動

2012年03月21日

聞いたこと、見たこと。

・一日目のお昼の休憩後、バスの中で、南相馬市の職員の方に話をしていただきました。

 震災直後のこと。
 津波に巻き込まれてしまった職員の方のこと。
 配給時に馬頭されたこと。
 心が折れてしまった職員の方のこと。
 ドライバーが拒否をして、救援物資を運び込んでくれなくなったこと。
 ガソリンのタンクローリーを取りに行ったこと。ここから先は行きたくない、置いておくから。
 鉄道が寸断され、車でしかこれなくなってしまったこと。
 自分の家族のこと。
 働き手がいないこと。
 辞めていく職員のこと。
 未来のこと。

・夜は食事の後、皆さんとボランティアについて震災についての話。
 
 すでに十数回参加されてる方。
 熊本から来られた方。
 沖縄からも参加の希望者がいた話。
 帰りたかったが、来ないでくれと言われた話。
 旅館の瓦礫の撤去を行いその後再開した宿に泊まりにいった話。
 子供が生まれて、11日に退院し震災にあった話。
 福島出身ということでいじめられる話。怒りの声。
 南相馬市出身の方の話。涙をこらえた声。目が熱くなりました。
 
・移動中目に入った景色。
 段差注意、損傷あり注意の看板が並ぶ、東北自動車道。 
 基礎だけが並ぶ住宅街。
 1、2階が抜けた3階建ての建物。
 道路わきの漁船。
 ぐにゃぐにゃにまがったガードレール。
 まがった標識。
 倒れた電柱。斜めの電柱。
 瓦礫の山。
 閉鎖された店舗
 除染中の看板。
 見えることのなかったはずの海。

 帰り、ボランティアセンターを出て、ふとバックミラーを見ると、センター長の松本さんが、旗を持って立っていました。
 私たちが曲がるまで。
 ウィンドーを開けて、手を振りました。
 その気持ちに感謝。

 またいつか。

南相馬市でのボランティア活動

2012年03月20日

今回の活動内容とボランティアセンターについてです。

ボランティアセンターにて、ボランティアの心得、注意事項の説明を受け、割り当てられた場所へ移動します。
二日間、作業を行った場所は海岸から800mほどの田んぼです。
海に向かって黙祷を行って作業を始めました。
一見するとなにもないように見えましたが、スコップを入れると、材木、瓦が多く出てきます。
通帳や写真、貴重品も出てきたようです。
大きなものは6人がかりで運びました。

今までにも何人かこの場所のがれきの撤去を行っていたそうです。
まだまだ多くの瓦礫が残っています。 
田植えのときに田んぼに入ったことがあります。あの細かな土に戻すことができるのかと。
思いながら作業を行っていました。
こんな場所が500km続いているのか。

自宅に帰ってyahooの地図で現地を確認しました。
航空写真には、いくつもの家が並んでいます。見ながら、こんなに並んでいたのかと。
作業を行った田んぼから海側には、家はなく、堤防が見え、壊れた堤防からは、海が見えていました。

ボランティアセンターです。
撮影したのは、当然こちらだけです。

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外のモニタリングポストです。富士電機製でした。
0.145マイクロシーベルト。
児童センターということもあり周辺は、新しい砂が入れてありました。

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ちなみに、私の住む安曇野市は、0.09~0.11マイクロシーベルトで推移しています。

ボランティアセンターの2階は無料で宿泊もできるそうです。

・ボランティアの心得。 

頂いた資料から。

 被災地に迷惑をかけない行動を心がけて下さい。
 
 <出かける前の準備をしっかり>
  情報収集、体調管理、食事や宿泊場所の確保、交通費の確保など、自己完結を。

 <被災者の立場にたった行動を>
  あいさつや言葉遣い、約束を守るなど、基本的なことを大切に。
 
 <撮影禁止>
  興味本位・物見遊山は×。被災された方の気持ちを考え、写真撮影は禁止します。

 <ルールを守って>
  勝手な判断はせず、グループで相談する。困ったらボランティアセンターに相談して。
 
 <断る勇気を持つ>
  危険なことやできないことは、できないとはっきりと。
 
 <思い込みをしない>
  報道などの情報から勝手な思い込みをしないこと。
 
 <地域住民の自立を支援>
  被災者に協力して一緒に復興を目指す、自力再建の支援を。

松本さんのお話から。

 肩書は無し。ボランティアは、ボランティアとして活動を。
 
 行動はきびきびと。だらだらと行わない。


つづきます。

南相馬市でのボランティア活動

2012年03月19日

17日、18日と福島県南相馬市でボランティア活動に参加してきました。
会社の有志での活動です。総勢50名での活動となりました。

私は、ボランティアの参加は初めてです。
昨年から現地で汗を流したいとの思いはありましたがなかなか参加できずにいました。
会社でもボランティア活動を行っているのを知って、そろそろ4回目があるのではと、待っているときに募集の呼びかけがあり参加してきました。

今回お世話になったボランティアセンターは、南相馬仲町ボランティア活動センターさんです。

 Blog:南相馬仲町ボランティア活動センター

センター長の松本さんが一人で切り盛りしています。
地元の方ではなく、こちらでボランティアで活動しているそうです。

センターにはモニタリングポストが設置してあり、0.15マイクロシーベルト程度の数値が表示されていました。

まずは、福島までの移動について。

 作業は土日でしたが、前日の金曜日の夜福島市入りしました。
 市内のホテルで一泊し、土曜の朝、南相馬市に移動しました。

 行きのルート
  豊科ICから長野道、上信越道、関越道、北関東道、東北道で福島西IC。6時間。
  福島市内のホテルから南相馬市には1時間半。

 帰りのルート
  ボランティアセンター、二本松ICで高速に乗り、東北道、磐越道、北陸道、上信越道、長野道で豊科IC。
  8時間かかりました。

 高速無料化の申請を事前に行いました。安曇野市は堀金支社で行います。
 
 詳しくは下記のHPで確認してください。 

  HP:福島県災害ボランティアセンター


つづきます。