東北へ2015年

南相馬市鎮魂復興市民植樹祭 2015年3月29日

2015年04月14日

3月29日、旅行最終日です。今回の旅の最終目的地は、南相馬市です。
南相馬市鎮魂復興市民植樹祭に合わせて日程を立てていました。

瓦礫を活かす森の長城プロジェクト。東日本沿岸地域に常緑広葉樹の苗木を植樹し、防潮林をl築くプロジェクトです。

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植樹のボランティアの募集があり参加しました。

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この日の植樹は2万本。

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参加者は3000人近くになりました。

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特別ゲスト。くまモン。人気者です。

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嵩上げされた土地。

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その上にさらに盛り土がされています。

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ここに苗木を植えて行きます。

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私も5,6本植えました。

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苗木を植えると、地面が見えなくなるまで、わらを敷き詰め縄をはります。
このわらが、微生物に分解され肥料にもなるようです。

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2万本ですが、3000人で植えると早い^^

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くまモンも頑張っていました。

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植樹が終わると、馬場典子アナウンサーが司会で、

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新山詩織さん。ちょっぴりハスキーな歌声。よかったです。

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歌声を聴き終えて、

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植樹祭を終えました。また1カ所、気になる場所が増えました。
南相馬に来た時はまた立ち寄ります。

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植樹祭が行われた周辺。これから。

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小高地区に向かいました。自分がボランティアを行った場所を確認に。
ガソリンスタンドは、閉めたままでした。泥だしを行った場所は、また埋まり始めていました。
そのまま、海側へ。この場所に来るのは初めてです。

時が止まっている。

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この辺りは、計画では緑地化する予定となっています。やっと手をつけ始めた感じです。
これまで見てきた景色とは大きな隔たりを感じました。
小高区は、日中入ることができますが、宿泊は出来な場所です。

この景色を見た後、安曇野に向かいました。

数年先、何時になるかは分かりませんが、いつか必ずまた東北を旅したいと思っています。

HP:公益財団法人 瓦礫を活かす森の長城プロジェクト

石ノ森萬画館 東松島大高森 2015年3月28日

2015年04月14日

石巻の目的地は、石ノ森萬画館です。
到着したのは、15時45分頃。

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ロボコンです^^。若い子は知ってるのかな?

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加速してみてきました。キカイダ―、009は分かりますが、仮面ライダーは初期の物しかわからず、大半が分からなかった^^;
攻殻機動隊の原画展も良かったです。

萬画館は中州にあります。仮設の橋がかけられています。波打ってました。

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街中の歩道にも作品のキャラクターが展示されていました。ゆっくりと見て歩くのも良かったかな。

この後は東松原に向かいました。目的地は、大高森です。105.8mの山です。
晴れていれば、日没に間に合うように行こうと思っていた場所です。
途中道に迷ったりで、慌てました。日が沈んでしまうと。
到着して、カメラバックと三脚をかつぎ走りました。が、すぐに息切れ。結局ゆっくりと登ることに、かろうじて間にあいました。

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山から下りる途中、水面に写る景色が美しく、慌てて下りて行きました。

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美しい景色を見れて良かったです。
この後は、この日の宿泊地仙台へ向かいました。到着後、仙台と言えば牛タン。

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利久で食事をして、この日を終えました。走行距離は132kmでした。

HP:石ノ森萬画館
HP:東松島観光物産協会

女川駅 2015年3月28日

2015年04月12日

女川駅です。
石巻線が全線開通したのは、3月21日です。ちょうど一週間後に訪ねることになりました。
到着したのは15時ちょっと前。

駅は、木造3階建て。
坂茂さんが設計。屋根は海鳥の羽をイメージしたデザインとなっています。
震災前の場所より内陸に移し、嵩上げも行われています。

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駅前には、足湯があります。

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2階には、女川温泉ゆぽっぽ。入り口は1階にあります。

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3階は展望フロア。そこからの景色です。

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海側。

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ちょうど列車が出て行きました。

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少し周辺を歩きました。

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遠くの山を崩しています。

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駅の左側は、嵩上げでしようか、工事が行われています。

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駅から海側は、嵩上げも終わり区画が整備され、新たな町づくりが進められている感じです。
ここまでに見てきた街並みとは違い少し進んでいるようです。

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旧女川交番等海側を見て回る予定でしたが、失念してしまいました。
この後は、石巻へ向かいました。

HP:女川町

石巻市立大川小学校 2015年3月28日

2015年04月11日

国道45号線から海沿いを走る398号線に入り石巻市立大川小学校を目指しました。
北上川にかかる改修中の大きな橋を渡り、左折するとすぐ学校はありました。
到着したのは、13時半ごろ。
学校は海から2.5Km程の距離にあります。

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車を置いて橋まで歩きました。下流側。建物は何もありません。

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上流側。護岸工事が行われていました。

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橋のたもとにも慰霊碑があります。こちらでも手を合わせてきました。

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石碑には釜谷の街並みの写真が彫り込まれています。
これを見るまでは、ここには学校だけしかなかったのかと思えてしまいます。
帰ってからYahooの地図を見てみました。震災前の街並みが航空写真で確認できます。
学校の周りには多くの建物があったことが分かります。

学校の現在の姿。児童、教職員84人が犠牲となった場所です。
建物は、遺構として残すのか検討が進められています。

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壁面に描かれた手と手をつなぐ世界の人々。

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残されたことば。

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引き続き398号線を走り、女川町へ向かいました。

HP:ダイアモンド社 大津波の惨事「大川小学校」~揺らぐ真実~

南三陸町 2015年3月28日

2015年04月11日

市街地の手前、国道45号線沿いです。山を崩している現場がありました。

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案内板を頼りに防災庁舎へ向かいました。土曜日ということもあってでしょうか、絶えず車が入ってきました。
何度もTVの中で見た景色です。そしてあの人の声も何度となく聞いた。

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砂埃の舞う中、少し周辺を歩きました。

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周辺は、嵩上げ用の土砂が積まれています。ほとんど通行止めとなっています。

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防災庁舎を後にして、南三陸さんさん商店街へ向かいました。

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ここは賑やかでした。

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松原で昼食としました。混んでいて相席となりました。

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頂いたのは、春告げ丼です^^

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入り口付近に置かれたモアイ像。イースター島から送られたものです。

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大川小学校へ向かいました。

HP:南三陸町

HP:南三陸さんさん商店街

道の駅大谷海岸 伊里前福幸商店街 2015年3月28日

2015年04月09日

国道45号線に戻り南三陸町へ向かいました。
その途中の撮影しました。ダンプの多さは、どこもこんな感じです。

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道の駅大谷海岸の看板が目に入り、立ち寄りました。ここで頂いたのは、ソフトクリーム。
フカヒレソフトクリームです。

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ん~。フカヒレ感があまり分からなかった。。。。美味しかったけど。

道の駅の裏手は、JR気仙沼線の駅となっていました。

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道の駅は、2013年4月に復旧しましたが、気仙沼線はまだ。検索して見つけたHPです。
震災後の駅の様子です。
HP:日本鉄道旅行地図帳 東日本大震災の記録

道の駅前にあった、気仙沼線バス高速輸送システムの駅です。

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途中もう一カ所立ち寄りました。こちらは、沢山の旗が目に入り、車を止めました。
場所は、伊里前福幸商店街です。旗は、Jリーグ各チームのフラッグでした。

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なぜだろうと帰宅してから検索しました。

HP:仙北郷土タイムス 南三陸電子版

松本山雅のフラッグもありました^^

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写真を撮り忘れましたが、観光協会には、沖縄県・西表島に流れ着いた郵便ポストが展示されています。

HP:伊里前福幸商店街

2400Km流されたポストです。
グラスファイバー製のポストだったため流れ着いたそうです。


岩井崎 旧向洋高等学校 2015年3月28日

2015年04月08日

国道45号線からは少し離れて、海側へ向かいました。目的地は、向洋高等学校です。

漁港に車を置いて、学校を見る前に海の方へ歩いているとたどり着いたのが、岩井崎でした。
実は、予定になかった場所です^^;

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綺麗な岬、海も綺麗です。

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波が穏やかだったためでしょうか、潮吹岩は見れませんでした。

HP:気仙沼市 岩井崎

気仙沼向洋高等学校です。ここも震災遺構とするか検討されている建物です。
学校は海岸から500m程の場所にあります。

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津波高さは、4階まで達し、学校に残った職員は屋上に上がることができ難を逃れたそうです。

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周辺は、波消しブロックの製造場所となっています。

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ここも多大な被害となった場所です。
3月11日は、最後の授業があり、その後も学校に残っていた約170名生徒、教職員は、
l国道45号線方面へ高い所へ、高い所へと避難を繰り返し、全員無事であったそうです。
向洋高等学校のHPに当時の様子が書かれています。

HP:宮城県気仙沼向洋高等学校

国道45号に戻り南三陸へと向かいました。

気仙沼 2015年3月27日

2015年04月07日

すっかり日が落ちてから気仙沼に到着しました。
宿泊は、気仙沼プラザホテル。夕食は、仮設の気仙沼復興商店街で取りました。

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あさひ鮨さんで、ふかひれ寿しの入った復興スペシャルを頂きました^^

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HP:あさひ鮨
HP:気仙沼プラザホテル

ホテルに帰って売店で、ふかひれのスープなどをお土産に買い、27日の工程を終えました。
Googleマップによると、151kmの走行距離でした。

3日目の28日。
朝食は、ホテルで頂きました。バイキングです。ワカメのしゃぶしゃぶが磯の香りがよく良かった^^

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前日到着した時は日が落ちていたので、街中の様子があまり分からず、車を置いて歩きました。
津波の高さ。6.3m

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新しいセブンイレブンです。いつオープンしたのか伺うと、昨日とのことでした。
オープン記念で色々とお安くなってました。飲み物を購入。

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出港していくフェリーを見送って、港を離れました。少し昨日来た道を戻り、鹿折地区に向かいました。
こちらのセブンは、仮設です。外観は、セブンぽくなっています。セブンコーヒーを購入。

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周辺は、嵩上げの盛り土がされています。セブンの隣が見晴台となっていました。
青いパネルは津波の高さを示したものです。

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バスの天井だけが見えています。

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見晴台にあったパネル。

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嵩上げの方法が分かります。現在の進捗はⅢのところでしょうか。
嵩上げする高さより高く土砂を盛り、その重みで沈下させ地盤を安定化される方法のようです。

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震災前後の写真です。

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見晴台は、津波で打ち上げられた第十八共徳丸があった隣のブロックでした。

この後は、向洋高等学校に向かいました。

陸前高田 2015年3月27日

2015年04月06日

陸前高田です。16時半ごろに到着しました。
奇跡の一本松に近づけるのは17時までで慌てました。(6月~8月は午後6時まで)

一本松へ向かう途中、ベルトコンベヤの下を歩きます。下にいるとベルトの音が聞こえ、その動きが見えました。

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奇跡の一本松。

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一本松の見学を終え、見晴台へ。見晴台は、一本松に向かう途中にあります。

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希望のかけ橋(ベルトコンベヤ)です。右奥の山を崩し、川を渡り土砂を運んでいます。崩した山林部は高台宅地となります。
資料によると、「全長約3km。1時間に5500t( ダンプトラック550台分)の土砂を運搬することが可能となり、
従来の車両運搬と比較すると約1/4の工期で工事を早期完成することができます」
自然の破壊力は凄いものがありますが、人の作りし物も凄いものがあります。

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見晴台には、ベルトコンベヤの仕組み、計画図などが掲示されています。
見晴台を降りて周辺を歩きました。

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旧道の駅高田松原。この前に、追悼施設と復興まちづくり情報館があります。
場所は、奇跡の一本松駐車場から一本松とは反対方向にあります。

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奇跡の一本松の根が保存されていました。

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奇跡の一本松駐車場に戻り、空の色が変わるのを待ちました。

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気仙沼へと向かいました。

HP:陸前高田市 復興・まちづくり

大船渡 2015年3月27日

2015年04月05日

国道45号線は、海岸沿いを通っていますが、町から抜けると、登坂車線があり、山道のような場所もあります。
登った後しばらく行くと下りとなり、町が見えてくる感じです。
町はどこも嵩上げのためダンプが行き来しています。
トンネルも多く、その中では、ダンプが運ぶ土砂と巻き上げる砂埃で視界が悪くなっている場所もありました。
写真では分かりにくいですね。

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大船渡です。
車を置いて歩いて、少し高台から。手前には嵩上げ用の土砂、奥には防潮堤が見えます。

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高台から下りると、線路のあった場所です。現在バスによる輸送が行われています。
ここも専用の道路になるのでしょうか。

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歩道はこんな感じでした。あまり歩く場所ではなかったようです。
道路側は少し嵩上げがしてあります。

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防潮堤に近づいてみました。

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車と比べるとその大きさが分かります。

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約5.6mの高さです。

HP:大船渡湾海岸 防潮堤整備に係るお知らせ

嵩上げされた土砂。この辺りでは海抜5mまで嵩上げが行われるようです。

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屋台村の前の通りです。ここは、嵩上げされた道路のようです。

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車を置いたスーパーで、お土産用に、さいとう製菓のかもめの玉子を購入しました。
陸線高田へと向かいました。

HP:さいとう製菓
HP:大船渡市
HP:気仙沼線・大船渡線BRT(バス高速輸送システム)

大槌町 2015年3月27日

2015年04月04日

大槌町旧役場です。
本庁舎の一部の保存検討を行っているそうです。

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旧役場に車を置いて歩きました。近くにあった、仮設の店舗です。

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お腹がちょっと空いていたので、立ち食い蕎麦屋さんで、カキそばをいただき、
左側のモーモーハウスでお買い物をしました。

旧役場前にはガソリンスタンドがあります。仮設の店舗で営業しています。
ダンプがひっきりなしに入ってきていました。

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モーモーハウスさんで頂いた地図を頼りに、シーサイドタウンマストへ。
お昼時でお店が込んでいたので、店内を歩いてみていると、ちょうど「震災で消えた小さな命展3」が行われていました。

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え、やってるんだと思い立ち止っていると、どうぞ見て行ってくださいと声をかけられ、
「震災で消えた小さな命展2」を森のおうちで見ていた私。文章を読むと泣けてくるんだよなと思いながら、
今回は、足早に見て回りました。文章は読めなかった。。。。
「震災で消えた小さな命展3」は、森のおうちで年末に行われます。

シーサイドタウンマスト内の千勝でお昼にしました。やっぱりカキ^^

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いつもは、1050円ですが、この日は宮古産の大粒のカキということで1300円。ちょっとお高めでした。
食事を終えて、大船渡へ向かいました。

HP:大槌町
HP:シーサイドタウンマスト
HP:森のおうち

山田湾 2015年3月27日

2015年04月03日

田老を後にして、宮古に戻り山田湾へ向かいました。
今回走行したのは、基本的に国道45号線です。
通り沿いには、津波の浸水区間について書かれた看板が出ていました。

ここから過去の津波浸水区間の看板。

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左側に津波浸水区間を示す看板。
ここでは、前方3210m、後方310mと書かれています。
自分がどこにいてどちらに逃げるべきかが分かります。

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HP:津波情報板・標識の紹介

国道45号線沿いの防潮堤です。宮古湾の辺りです。

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通り沿いでは、防潮堤の工事現場をあちこちで見ました。

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山田湾です。漁港は整備されていました。

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遠くに見えるのは、カキの養殖用のいかだでしょうか。
歩いていると途中大粒のカキを運んでいました^^

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山田湾周辺でも防潮堤の整備が行われていました。右側の建物は加工工場のようです。

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大きな扉ですが、前後に道路は無く、人が通れるだけでした。

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防潮堤から。まだまだ基礎が残されています。

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この辺りは、商業地、公園となるようです。

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HP:岩手県山田町
HP:山田観光協会

田老地区 2015年3月27日

2015年04月02日

宮古から田老へと向かいました。
田老までは、25分程度の道のりです。
すれ違うダンプの多いことに気付きました。

たろう観光ホテルです。

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震災の遺構として残されることが決まっています。

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16年の春に一般公開される予定です。
被害にあった場所は、なるべくそのままで見れるように保存し、5,6階に映像、資料が見れるスペースを設けるようです。

ホテルの近くに車を置いて歩きました。
破壊された防潮堤。

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ここはダンプが通れる広さ。もっと広い場所もありました。
左側に階段があります。

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防潮堤からの景色です。海側。

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山側です。ここを津波が越えて行った。

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防潮堤を下りて。

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復旧事業内容のパネルがありました。右上の図が土地利用計画図。

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海岸沿いです。新しい建物は、わかめの加工場です。

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建物右側の一番上の黄色い目印が、3.11の津波の高さを示しています。17.3mと書かれています。

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リンク先は、田老地区の復興まちづくりについてです。
HP:宮古市 田老地区

HP:たろう観光ホテル震災遺構保存工事開始へ

浄土ヶ浜の朝 2015年3月27日

2015年04月01日

ちょっと早起きして、浄土ヶ浜へ。
ホテルからは歩いて数分です。

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良い朝日でした。

ホテルに帰って、バイキングで食事をしました。
まめぶ汁を頂きました。汁の味はいいのですが、まめぶが粉っぽさがあり、微妙でした^^
この日はこの後、田老に北上して、その後気仙沼へ向かいました。

リンクは、震災後の浄土ヶ浜パークホテルの様子です。PDFファイルが開きます。
浄土ヶ浜パークホテル 東日本大震災からこれまでの歩み

東北の旅 2015年3月26日

2015年03月30日

3月になると何かをしたくなる私。今年は、急ではあったが休みが取れたので、
3月26日から29日の日程で東北を旅してきました。
現在の東北と、震災の遺構をめぐる旅です。

日程です。
 26日 岩手県宮古に宿泊。浄土ヶ浜パークホテル。
 27日 気仙沼に宿泊。気仙沼プラザホテル。
 28日 仙台に宿泊。ホテルフォーリッジ仙台。
 29日 南相馬市鎮魂復興市民植樹祭に参加。
ざっくりこんな感じ。少しずつアップしていきます。

<3月26日>
自宅を7時に出発。スタンドに寄ったり、常念岳が綺麗だったので写真を撮ったり。
いつもは、安曇野ICから高速に乗りますが、今回は、東部湯の丸ICから乗りました。 
東部湯の丸ICに到着したのが、8時30分。
9時、横川SA。
13時、国見SA。
14時半、長者原SA。
盛岡南ICに到着したのが、16時15分でした。

カーステのUSBが壊れて、スマホが充電できなくなったので、ケーズデンキに立ち寄って、
出発したのが、16時34分。なかなか大きなお店でした。

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106号を通って18時20分、宮古のホテルに到着。予定より1時間遅れ。
106号は、山田線が並行して走っています。昨日の雪が残り、なかなか良い景色でした。
電車に乗ってみるのもいいかもと思いつつ走ってました。

ホテルに到着した時は、運転のため頭の中がぐるぐる、ぐるぐる。
夕食は、疲れたので、ホテルのレストランで、三陸丼をいただきました^^。

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宿泊した浄土ヶ浜パークホテルのHPです。
HP:浄土ヶ浜パークホテル