東北へ2017年

福島県いわき市 4月14日 最終日

2017年06月08日

今年は、日程を1日延長しました。いわき市の温泉宿に宿泊して、ゆっくり温泉につかり日中ゆっくりと安曇野に戻りました。

いわき市では、ららミュウに。いわきに来ると必ず寄ってる場所です。

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HP:いわき・ら・ら・ミュウ

お土産を購入。2階には、震災展が行われています。内容は変わってなかったかな。

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松本からいわき市に戻った、ひゃくにんぱんさんにも行ってみました。休みでした。お昼に食べようかと思っていたので、残念。またいつか行きたいと思っています。

6号線をそのまま南下して、12時頃茨城県日立北インターから高速に乗り安曇野に戻りました。到着したのは18時頃でした。

来年はどうしようかな。同じような工程にするか、違った形にするか、考えています。
そうそう、帰ってから福島の三春滝桜をニュースで見ました。その開花に合わせて、旅行するのもいいかな。
また春が近づいたら、いろいろ調べて考えて想いながら決めて行こうと思います。

福島県富岡町 夜の森桜並木 4月13日

2017年06月04日

小高からは、線路沿いを通り浪江駅に出て、その後再び6号線に戻って富岡町へ向かいました。夜の森桜並木を何度かニュースで見ていました。その桜並木のライトアップが今年7年ぶりに復活するとの事で、その日程に合わせて今年の旅行の行程を決めました。
桜並木は、全長2.2km有るそうですが、今見れるのはわずかな範囲だけです。

途中ちょっと迷いました。6号線で曲がろうと思ったらバリケードだったりで、どう行ったらいいのか迷いました。さくらモールとみおかに車を止めて、地図を確認して再度出発。まだ明るい時間に到着できました。

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北側へ進むと。

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桜並木は続いていますが、ここから先には入ることができません。

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富岡第二中学校側に戻り、暗くなるのを待ちました。

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並木道は、一般道です。車の行き来もあります。

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見事な桜のトンネルです。平日でしたが結構人が出ていました。

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こちらは線路沿いの桜並木です。通りの片側が桜並木となっていました。

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わずかな範囲と言う事でしたが、十分楽しめました。
この後は、富岡インターで高速に乗り、宿泊地であるいわき市の温泉宿へと向かいました。

相馬市 相馬中村神社と南相馬市の鹿島の一本松 4月13日

2017年06月02日

相馬中村神社に立ち寄りました。ここに来るのは、2012年の野馬追いらい。桜が満開でした。

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南相馬市鹿島区のかしまの一本松です。
高潮の影響で立ち枯れしています。数年内に伐採することが決まっています。この場所にはメモリアルパークが作られる予定です。見れるのは今回が最後になるかもしれません。

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わかりにくい絵ですが、周辺ではソーラーパネルの設置工事が進んでいました。

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南相馬市は、市の消費電力あるいはそれ以上の電力を再生可能エネルギーで生み出すことを2020年度に約65%、2030年度にほぼ100%を目標としています。
HP:南相馬市

この後は自分がボランティアで作業をした場所を回りました。
変わってなかったな。
ここは、植樹祭に参加した場所です。少し大きくなってました。

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2015年、2016年は南相馬を旅の最終地としていましたが、今年は、この後浪江町、富岡町へ向かいました。

宮城県亘理郡山元町 旧中浜小学校 4月13日

2017年05月31日

県道38号線を南に向かいました。山元町に入り通り沿いに見えてきた築山。笠野地区の防災公園です。

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山元町には3カ所作られています。山元町も海岸から約200mの範囲は、防災緑地帯として整備が進められています。

造成中のためか砂埃がひどかった。

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砂埃の中進むと見えてきた、黄色いハンカチと建物。旧中浜小学校でした。
千年塔、黄色いハンカチ、旧中浜小学校。

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震災の遺構として整備が進められています。

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黄色いハンカチ。メッセージが書かれています。震災後から続けられている、幸せの黄色いハンカチプロジェクト。全国各地から送られてきているメッセージの書かれたハンカチです。

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学校に避難した、90名は無事、在籍児童59名も全員無事でした。
震災前後の航空写真を見比べると、周辺の住宅は無くなり、この校舎だけが残っていました。
小学校で震災当時起きたことをまとめたファイルがありました。
PDFファイル:震災を乗り越えて 山元町立中浜小学校

正直、山元町については調べていませんでした。帰ってから現地を想い調べています。
山元町についての私の見たHPの一部です。

HP:子どもも大人もみんなで遊び隊
HP:山元町 被災者支援・復興関連情報
HP:被災状況等
HP:山元町復興整備計画
国土地理院の航空写真を見れるサイトです。場所にもよりますが、震災前後の航空写真が見れます。
HP:国土地理院 地図・空中写真閲覧サービス
宮城県のHPに宮城の記録をまとめたページがありました。
HP:東日本大震災 宮城の記録


ここで宮城県とはお別れ、6号線に入り相馬市へ向かいました。

宮城県岩沼市 千年希望の丘 4月13日

2017年05月29日

宮城県岩沼市の海岸沿いにある千年希望の丘です。
今回車を止めて回ったのは一番北側になります。千年希望の丘はここから南に約5km続いています。

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こちらに来るのは、今回が初めてです。
岩沼市の海岸線沿いも、災害危険区域に指定されています。海岸沿いにあった6地区を内陸に集団移転し、跡地を千年希望の丘として整備を進めています。
千年希望の丘は、一時避難場所の整備、津波の威力の減衰、記録や教訓を後世までに伝える事が目的となっています。

慰霊碑です。人が支え合う姿をイメージした形となっています。高さはこの地を襲った津波の高さを示しています。

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交流センターにも立ち寄りました。岩沼市の取り組みの動画を見てきました。その他には、震災の状況、千年希望の丘に付いてのパネル展示があります。

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1号丘に行ってみました。周辺に有ったパネルです。千年希望の丘について書かれています。

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スマホアプリの紹介。やってみました。津波の高さが実感できます。
アプリには、震災前、震災当時の写真、地区の移転場所が分かるようになっています。
その他には、避難所、災害への備えについてなどなどが書かれています。
どの地区にあってもいいかもしれません。

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登ってみました。階段が壊れかかってるのが気になりました。

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ここが完成したのは、2013年6月9日。

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右側に飛行場、もうひとつ丘が見えます。

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南側。右側に慰霊碑。センターに丘が見えます。

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昨年は植樹祭があり、参加したかったんですが、日程的に諦めました。
植樹本数約10万本、参加人数12000人だったそうです。
知ってる方々が参加していたので行きたく思っていましたが、会えなかったかな、と思ったりもしています。

この後も沿岸部を走りました。丘を数カ所で見つけました。

リンク先のHPのグランドデザインを見ていただくと、被災状況から復興へ向けた取り組みが分かると思います。
HP:岩沼市 復興推進

HP:岩沼市 千年希望の丘

宮城県名取市閖上

2017年05月27日

県道10号線で、閖上へ向かいました。
10号線沿いには、海側に嵩上げ道路建設のため盛り土がされていました。高さは約6m、全長10km。道路は平成30年度完成を目指しています。
閖上大橋を渡ると、昨年とは道路が変わっていました。見えてきたのは、建設中の復興公営住宅です。

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今年も閖上の記憶に立ちよりました。

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お話を伺いました。
館内はあまり変わっていないとの事でしたが、周辺は変わりつつあり、そのお話を伺いました。新しい道路、区画整理、もともとベットタウンとなっていた閖上、他の場所で生活が安定してきている。その人々が戻ってくるのかが心配。昨年ちゃんと撮らなかった館内。こんな感じです。

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右奥は上映スペースになています。

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閖上の記憶は、区画整備のため移転を予定しています。
移転先は閖上市場のメイプル館の南側を予定しているそうです。

慰霊碑は変わっていなかった。

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日和山です。今年も登りました。

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閖上中心部、復興公営住宅方面。

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慰霊碑。閖上市場方面。この辺りは震災メモリアル公園になるようです。

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HP:閖上の記憶
HP:名取市 東日本大震災 復興計画関連情報

仙台空港を通り、千年希望の丘へ向かいました。

宮城県仙台市若林区荒浜 4月13日

2017年05月25日

県道10号線を通り荒浜へと向かいました。この道を通るのは初めてで、途中、初めて見る建物が目に入ってきました。その一か所に立ち寄りました。

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写真は、新浜津波避難タワーです。帰ってから調べました。
仙台市東部地域には13カ所。このような津波避難施設が作られています。

HP:仙台市 津波避難施設の整備について

今回荒浜にも立ち寄るきっかけとなったのは、旧荒浜小学校が震災の遺構として公開される記事を読んだためです。公開前で中を見ることは出来ないことは知っていましたが、立ち寄りました。4月30日から公開されています。

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来年またこれるようでしたら、ここにも立ち寄りたいと思っています。

HP:防災環境都市 仙台

小学校から慰霊碑のある海岸へ向かいました。
「荒浜祈りの塔」です。手を合わせてきました。

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慰霊碑の北側には、今年の3月11日に完成した「荒浜記憶の鐘」が立っています。

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球体に書かれている13.7mは、この地を襲った津波の高さを示しています。
モニュメントから球体までの距離が13.7m離れています。津波の高さを実感できるように作られています。

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HP:河北新報 <震災6年>記憶の鐘 祈りずっと

新しく整備された防潮堤に登りました。そこから見た景色です。

北側。

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南側。

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内陸側。

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そして、砂浜。

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荒浜ハートと書かれていました。

海岸沿いには、震災前は防潮林が広がっていたそうです。震災前後の仙台市の海岸線の様子、復旧の様子が見れるHPです。
HP:みやぎのかわとみち 「明日へとつなぐ」仙台湾南部海岸堤防復旧プロジェクト

荒浜の現在の様子です。

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建物の基礎が残されています。時間が止まっている感じがしてしまいます。
荒浜は、災害危険区域の中にあり、居住できなくなっています。災害危険区域は、南北に約10km、東西に約1km程になります。面積で12.13平方キロメートルあり、東京の国分寺市ぐらいの面積があります。

荒浜地区の土地活用方法については、まだ決まっていないようです。
HP:仙台市 防災集団移転跡地利活用

荒浜に向かう途中、こんもりとした丘をがありました。海沿いを少し戻ってそちらに向かいました。近くに車を止めてここも登ってみました。

避難の丘。

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その頂上から。内陸方面、広く平らな土地が広がっています。

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小学校側。

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海側。整備中の防災林が見えます。

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HP:海岸防災林・避難の丘

県道10号線で閖上へと向かいました。

宮城県七ヶ浜町 4月13日

2017年05月23日

12日の夜は、多賀城市に宿泊しました。夕飯には、ちょうど見つけた牛タン屋さんへ。絵は有りません。

13日は7時半頃出発、七ヶ浜町を回りました。七ヶ浜町は、多賀城市の東側、松島町の南側になります。町の3方が海に囲まれている町で、震災では36.4%が浸水区域となりました。

菖蒲田海水浴場を目指しました。こちらに来るのは初めてです。
スマホのナビでここだろうなと車を止めました。

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建設の終わった防潮堤に登るのは、初めてかな。
町のHPを見ると、海水浴場は、今年からの本格稼働を目指しているそうです。

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少し移動して。今年1月に完成した菖蒲田浜海浜公園。

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町を反時計回りに回って、多聞山へと向かいました。こちらも車で登れます。

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駐車場に車を止めて、公園内を歩きました。
こちらの毘沙門堂裏手からの景色が、松島四大観と呼ばれている景色となります。

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も~晴れてれば。今年はどうも天候に恵まれませんでした。

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公園内では、桜が咲き始めていました。

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この後荒浜へと向かいました。

HP:宮城県七ヶ浜町
HP:七ヶ浜町の復興まちづくり

石巻 4月12日

2017年05月22日

石巻では、まずは震災伝承スペース「つなぐ館」に立ち寄りました。
到着したのは4時半頃。

つなぐ館には、震災後のパネル、中心市街地の浸水の様子を示す模型、ボランティアの活動記録、ARアプリの紹介などなどがあります。

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HP:震災伝承スペースつなぐ館

ARアプリでは、震災前震災後の写真、津波の動画、そして未来図を見ることができます。アプリは、自宅に帰ってから見ています。

HP:石巻津波伝承ARアプリ

この後は、日和山公園に向かいました。日和山には車で登れます。
公園の北側にある、たい平桜。こちらはまだ咲いていなかった。
HP:河北新報 たい平桜

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公園内の見晴らしの良い場所に、震災前の写真が置かれています。

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南側では、桜が咲き始めていました。

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公園全体の引きの絵を撮り忘れてしまいました。公園の様子は、下記のHPを見てみてください。

HP:日和山公園

がんばろう石巻にも立ち寄りました。

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南浜地区は、復興祈念公園として整備が進められています。

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HP:宮城県における復興祈念公園

石巻を後にして、この日の宿のある多賀城へ向かいました。
途中、東松島市で県道60号線を走っていると、2羽の白鳥が飛翔して来ました。近くに越冬地があったのかな。撮りたく思える飛翔でしたが、車を止めることは出来ずに諦めました。
野蒜地区の伝承館に到着した時はすっかり暗くなってしまい、旧駅舎を良く見ることができませんでした。コンビニでお買い物をして多賀城へ向かいました。

HP:産経フォト 大震災の伝承施設が完成 宮城・東松島


大川小学校 女川町 4月12日

2017年05月18日

大川小学校に向かいました。
北上川沿いの道路から一枚。昨年は通行止めとなっていた新北上大橋。今年は通れました。よかった。

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大川小学校で手を合わせてきました。今年は、絵を撮る気になれず、女川へ向かいました。

シーパルピア女川です。平日は、さすがに人が少ない。

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女川では、地域医療センターに立ち寄りました。海側の階段を登りました。

津波記憶石を見てきました。

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千年後の命を守るために

ここは津波が到達した地点です
もし大きな地震が起きたら
この石碑より上へ逃げてください
逃げない人がいても、ここまで
無理矢理にでも連れ出してください
家に戻ろうとしている人がいれば
絶対に引き止めてください

女川中学校卒業生         
       

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東日本大震災では
多くの人々の尊い命が失われました
地震のあとに起きた大津波によって
ふるさとは飲み込まれ
かけがえのない
たくさんの宝物が失われました
これから生まれてくる人たちに
あの悲しみ あの苦しみに
再びあわせたくない
その願いで 千年後の命を守るために
三つの合言葉をつくりました
非常時に助けあうため
普段から絆を強くする
高台にまちを作り
避難路を整備する
震災の記録を後世にのこす
今 女川町はどうなっていますか
悲しみで涙を流す人が少しでも減り
笑顔あふれるまちになっていることを祈り
そして 信じています


女川中学校卒業生         

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QRコードが貼られていました。スマホで読み込めると思います。

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地域医療センターから。シーパルピア女川方面。

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同じ場所から海側。

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石碑のQRコードにアクセスしたら下記のHPにつながります。
津波記憶石について、女川町の震災前、3.11の被害状況が紹介されています。
HP:津波記憶石

HP:女川町

南三陸町 4月12日

2017年05月16日

2017年3月3日にリニューアルオープンしたさんさん商店街です。
場所は、嵩上げが終わった土地です。防災対策庁舎の並びになります。
今年も、お昼にきらきら丼を食べるために立ち寄りました。

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平日のためか閉まっているお店もあり、そのためか混んでました。名前を書いて待ちました。

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キラキラ春つげ丼を頂きました。

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商店街の裏手から。防災対策庁舎の上部が見えます。

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食事の後、下に降りて、今年もこちらから手を合わせてきました。
今年2月に補修工事が行われたそうです。塗装され綺麗になっていました。

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海側に嵩上げの土砂で展望台が作られていました。やっぱり登ってみました。

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展望台にあったパネルです。パネルと、展望台からの景色を見ると、未来の景色がどうなって行くのか分かると思います。

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海側です。南三陸町で海を見るのは初めてかな。

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右側にさんさん商店街。センターに防災対策庁舎が見えます。川の堤防は工事中です。嵩上げ後にかける橋の橋下駄が見えます。クリックすると開く画像を大きめにしてあります。

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スマホで撮影したパノラマもアップします。

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商店街周辺はまだまだ工事中です。大川小学校へ向かいました。

HP:南三陸さんさん商店街

気仙沼 4月12日

2017年05月13日

気仙沼に到着した時は雨降り。今年は高いところに登ってばかりで、気仙沼では、安波山に登ってみました。駐車場に到着した時はまだ雨でした。少し降りが治まるのを待って出発しました。

入り口はこんな感じ。龍が2頭。

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登っていくと2カ所展望台があります。その一か所。

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頂上付近から登山道を見下ろして。

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安波山は、気仙沼市街地の北側にあります。標高は239mの山です。頂上に着いた時は結構へとへとでした。

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頂上からの景色です。東側。

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南側。茶色く見える土地が多くあります。
大島にかかる橋が写っています。橋は、3月29日に架設作業が行われたばかりでした。完成は2019年3月の予定です。

HP:大島架橋事業 宮城県

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気仙沼中心部のアップ画像です。
港周辺は嵩上げ中です。右側に見える白い建物は、新しい商店街となります。

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下に降りると、また雨。県道34号線を通り、通り沿いの街並みを見つつ移動しました。
新しいセブンを見つけて、寄ってみました。ちょっとだけお店の方とお話ができました。
2015年に立ち寄った仮設だったお店、通りの反対側港寄りにありましたが、嵩上げが終わり、震災前の場所にお店を復活させたそうです。
気仙沼市のHPを見ると、鹿折地区に「かもめ通り商店街」が4月23日にオープンしたそうです。6店舗の商店街ですが、戻ってお店を再開しているそうです。
町は少しずつ戻り始めている。

ここから、気仙沼海の市シャークミュージアムに行きました。

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ミュージアムだけでなく、お土産屋さん、飲食店もあります。食事するのに良い場所です。次回はここで食事をしたいと思っています。
4月29日から再開される、氷の水族館の準備中でした。

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HP:海の市シャークミュージアム

大川を渡り気仙沼の街中を通って、45号線に戻り南三陸町へ向かいました。

HP:気仙沼市

陸前高田 4月12日

2017年05月10日

今年は、陸前高田のキャピタルホテル1000に宿泊しました。昨年ここからの眺めを見た時に泊まろうと思ったホテルです。

ホテルは高台にあります。そこからの景色です。

部屋から東側の景色。

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ホテルの駐車場からです。奇跡の一本松方向。

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海側。嵩上げの工事中です。

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陸前高田を回る前に、少し戻って箱根山に登ってみました。
展望台があります。
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展望台からの景色です。
大船渡市末崎町方面。

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陸前高田市方面。

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画像をクリックすると大きくなりますが、ほかの画像より大きい画像をアップしてあります。奇跡の一本松もわかると思います。画像が大きいので、開くのに時間がかかるかもしれません。

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陸前高田の中心市街地に戻りました。かさ上げが終わり建設が進むアバッセたかたに立ち寄りました。「アバッセ」とは、「一緒に行きましょう」と言う意味があるそうです。
大型店舗だけでなく、専門店、図書館、大きな遊具のある公園が並びます。

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この時はまだ工事中でしたが、4月27日にオープンしました。

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HP:アバッセたかた

周辺も造成されています。ホテルで見た番組では、飲食店の方が出ていました。こちらのどこかに出店するそうでした。来年にはお店が並んでいるかもしれません。

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周辺は、まだ嵩上げの工事が行われています。

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左に見えるのは、米沢商会の建物です。3階立ての建物です。津波は屋上まで到達しました。建物は、震災の遺構として保存されます。写真では埋もれているように見えますが、実際は嵩上げ前の土地に建っています。

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HP:産経ニュース
HP:東海新報

今年は一本松には立ち寄らず、気仙沼に向かいました。

HP:陸前高田市 復興整備計画

大船渡 4月11日

2017年05月08日

大船渡に到着した時は雨が強く、加茂神社に登る予定でしたが諦めました。
昨年は建設中だった、マイヤに車を止めて、お土産用にかもめの玉子ミニを購入しました。
マイヤは、2016年6月2日にオープン、ホテルルートインは、2016年5月29日にオープンしていました。

加茂神社には、復興伝承杭があります。いつか必ずやってみます。
復興伝承杭は、
 「東日本大震災を被災した岩手県大船渡市内に立てられた津波の教訓を後世に伝承し、街の復興を記録していくための杭です。杭に設置されたQRコードやNFCタグ(suicaなどに使われている非接触型近距離無線通信)から被災前、震災当時、現在の写真を見ることができます」

HP:復興伝承杭

今年は、こういった、QRコードやアプリを何カ所かで見つけました。

この日の宿泊場所である、陸前高田のキャピタルホテル1000に17時頃到着しました。

釜石 鵜住居地区 薬師公園 4月11日

2017年05月06日

釜石市鵜住居地区です。
ここで車を止めるのは初めてです。旅行前に釜石のことを調べて鵜住居地区の記事を読みました。

HP:防災情報新聞 「鵜住居防災センター」の悲劇 〉 防災施設への避難で多数の犠牲
HP:防災センターで犠牲、記憶刻む 岩手・釜石

撮影したのは45号線沿いからです。学校前から防災センター跡地方向を撮影しました。
慰霊施設ができるのは、遅れているそうで、2年後。代わりとなる標柱が移動中通りから見えました。

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45号線に追悼施設の看板があり、そちらに立ち寄りました。正直、事前に調べた範囲では分からず、こちらに来て初めて知りました。
2015年に防災センター跡地からこの場所に移転されたそうです。

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まだ工事車両が多く、立ち入り禁止の場所もあったりで、周ることができませんでした。

釜石には、鵜住居で起きた事に反して、「釜石の軌跡」という言葉があります。小中学生の生存率が99.8%であった。日ごろの防災教育、正しい知識の重要さを感じます。
なぜこれほど地域によって教育に差が出てしまっているのか問題にも思います。

HP:小中学生の生存率99.8%は奇跡じゃない

イオンタウン釜石に立ち寄って、買い物をして薬師公園を目指しました。
イオンタウンの店内には、避難場所である、薬師公園へ向かう出口が掲示されていました。
それに沿って向かいました。

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登りました。

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あまり広くは無いかな。戦災者の霊を慰め、平和を祈って建てた平和女神像があります。

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HP:釜石市 薬師公園

頂上からの景色です。ここから見る範囲では被害はあまりないように見えてしまいます。

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公園近くに示された、津波の浸水高さです。

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外壁がカラフルでかわいく思え撮影しました。

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釜石市のHPに、まちづくりの状況を説明したページがありました。
HP:釜石市 復興まちづくりの状況

大槌町 4月11日

2017年05月04日

12時半頃大槌町に到着しました。
今年も旧役場に立ち寄り手を合わせてきました。
一部通れない場所がありましたが、周りの道路はほとんど完成していた感じでした。

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旧役場庁舎は、保存か解体かがまだ正式には決まっていないようです。
現町長は、解体を公約に掲げて当選していますが、議会からは解体の先送りを提案されています。これまでは、町の再建のために予算を充て解体関連の予算を提出していないそうです。今年の6月以降には方針が決まるかもしれません。

HP:毎日新聞 「保存」「解体」示さず 大槌町旧役場庁舎、議会特別委が報告書 /岩手

今年も城山公園に向かいました。
絵は、ありませんが、県道280号線沿いには、住宅が並んでいました。

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城山公園から。東側です。昨年は無かった住宅が見えます。

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南側です。こちらも道路が完成し、新しい建物も建ち始めています。

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城山公園には、身元不明者の納骨堂が、今年の2月に完成していました。
そちらでも手を合わせてきました。

HP:朝日新聞 東日本大震災、身元不明者の納骨堂完成 岩手・大槌町

この後シーサイドマストに立ち寄って、2年前にも食事をした千勝でカキフライを頂きました。やっぱりどうしても食べたかったので。


山田町 4月11日

2017年04月27日

山田町に来たら行こうと思っていたお店、とっと。
リサーチ不足でした。定休日^^;カキが食べたかった。

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HP:山田町観光協会

とっとをとっとと後にして山田地区へと向かいました。
昨年とはずいぶんと変わっていました。新しい街ができてきています。
こちらは、建設中の山田駅。

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駅の周辺を歩きました。

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線路はまだこれから。
山田線(宮古~釜石間)は、2018年度内の開業を目指しています。

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ここは将来線路の真ん中。砂利の運搬車両が行き来していました。

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駅の西側です。ここは、嵩上げ途中のようでした。

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昨年は建設中だった復興公営住宅が完成していました。
岩手県のHPには、「災害復興公営住宅の整備状況について」書かれたページがありました。山田町は建設中の場所がまだ多くあります。

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45号線は、昨年は盛り土状態でしたが、出来あがっていました。
奥に見えるのは、防潮堤です。

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防潮堤の海側です。漁業施設が立ち並んでいます。
昨年は、ここで行われていた、カキまつりに参加しました。カキとホタテを頂きました。
4月29日がカキまつりです。

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防潮堤の45号線側、海側、ともに建物が並べば、防潮堤をあまり意識しなくてすむのかなと思いました。

HP:山田町

山田線の工事の進捗資料がアップされています。
HP:JR東日本 盛岡支社 お知らせ

宮古市の防潮堤 4月11日

2017年04月26日

震災メモリアルパークから45号線に戻り南下しました。
宮古市高浜、45号線沿いの防潮堤です。

高さが分かるかと思います。
完成までもう少しのようでした。

スマホでの撮影です。大きく見る場合は、Youtubeに移動してご覧ください。

震災メモリアルパーク中の浜 4月11日

2017年04月23日

今回初めて来た場所です。震災メモリアルパーク中の浜は、ちょうど田老と宮古との中間地点にあります。田老からですと、45号を左折しますが、入り口がちょっと分かりにくかったです。

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下のパネルは、宮古で観測された波形を示しています。

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案内図になります。記述してある内容です。
「2011(平成23)年3月11日、中の浜には15mを超える津波が押し寄せました。
美しい海辺のキャンプ場として多くのにぎわいがあった中の浜は、津波により一変しました。
環境省は中の浜キャンプ場の施設を震災遺構として保存し、震災の記憶を伝える場として「震災メモリアルパーク中の浜」を整備しました。

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パネルの記述内容。
「破損した水遊戸の防潮堤を、モニュメントとして保存しています」

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遺構として保存されているトイレ。

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こちらは、遺構として保存している炊事棟です。
被災前の写真が置かれています。もともとは屋根のある炊事棟だったことが分かります。

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展示広場です。
震災の被害状況、当時の状況、宮古市の津波の写真、津波の被害の写真、津波災害について未来へ引き継ぐべき話などが書かれています。
赤い丸い点は、過去の田老地区の津波の高さを示しています。上側のは、明治三陸津波の高さ13.64mを示し、下側は、昭和三陸津波7.69mを示しています。

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足元には、世界地図があり各国からの支援の様子が書かれています。

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「展望の丘」の断面構造。
展望の丘は、大型トラック2800台分の震災がれき由来の再生材を用いて作られています。

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津波災害に備えて
未来に引き継ぐべき津波の伝承や
被災各地の語り部さんからのお話を紹介するコーナーです。

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一部内容を書き出します。
釜石の軌跡、防災教育の重要性が書かれています。小中学生の生存率99.8%。
田老地区の防潮堤、防潮堤の役割は、一時的に津波を食い止めるもの。津波被害から身を守るためには迅速な避難が基本。

展望の丘からの眺めです。

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こちらにも一つ展示がありました。津波の高さを体感することができます。

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ここから宮古を通り山田町へ向かいました。

田老 4月11日

2017年04月19日

今年も宮古から田老へ向かいました。

昨年は野球場が完成していました。その並びに店舗が並び始めています。
道の駅ができるようです。

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お買い物をして、ちょっと歩きました。
田老にはいくつもの避難路がありますが、その一つを登ってみました。

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上まで登ってみましたが、階段途中から。

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今年も防潮堤に登って周りを見てみました。
新しい防潮堤の建設が進んでいました。

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生コン工場があり、堤防用のブロックが作られています。

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昨年はここに扉がありましたが、今年はコンクリートで閉ざされていました。
昨年お話を伺った扉をやめて、防潮堤の上を通る道を作るためかと思います。

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たろう観光ホテルに車を置いて、少し歩きました。
ホテルの北側にある避難路を登りました。右側に見えるのが、たろう観光ホテルです。
昨年は観光ホテルから海側を見ました。あまり変わっていないかな。

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最後に高台の住宅街です。昨年も来た場所です。
昨年は空いてる土地もありましたが、ほとんど家が建っていました。

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診療所、消防署、警察署などがコンパクトにまとまった町のようです。

今年もここから南下しました。

東北の旅 2017年4月

2017年04月17日

今年も東北を回ってきました。
平日の町の様子を見たく、休みを取って回ってきました。

日程です。
4月10日 岩手県宮古に宿泊。浄土ヶ浜パークホテル
4月11日 陸前高田に宿泊。キャピタルホテル1000
4月12日 多賀城に宿泊。コンビニAyersRockホテル仙台多賀城
4月13日 いわき市に宿泊。いわき湯本温泉こいと

<4月10日>
6時に自宅を出発。
7時40分頃、東部湯の丸から高速に乗りました。
12時半頃、国見SA。
14時50分前沢SA。
東北自動車道を水沢ICで降りて、16時に遠野。
山道の国道340号を通って宮古に到着したのは、17時50分頃でした。

遠野から宮古までは、昨年も同じ道を通りました。その時とは様子が違いました。
正直ここを通るまで忘れていました。昨年の台風の被害。
道路がえぐられた場所、橋でしょうか流された場所もありました。
忘れていたことが恥ずかしく感じました。

浄土ヶ浜に降りてみました。ちょうど月がいい感じでした。

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海鮮丼をホテルでいただき、明日の予定を確認して就寝しました。

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