釜石 鵜住居地区 薬師公園 4月11日

2017年05月06日

釜石市鵜住居地区です。
ここで車を止めるのは初めてです。旅行前に釜石のことを調べて鵜住居地区の記事を読みました。

HP:防災情報新聞 「鵜住居防災センター」の悲劇 〉 防災施設への避難で多数の犠牲
HP:防災センターで犠牲、記憶刻む 岩手・釜石

撮影したのは45号線沿いからです。学校前から防災センター跡地方向を撮影しました。
慰霊施設ができるのは、遅れているそうで、2年後。代わりとなる標柱が移動中通りから見えました。

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45号線に追悼施設の看板があり、そちらに立ち寄りました。正直、事前に調べた範囲では分からず、こちらに来て初めて知りました。
2015年に防災センター跡地からこの場所に移転されたそうです。

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まだ工事車両が多く、立ち入り禁止の場所もあったりで、周ることができませんでした。

釜石には、鵜住居で起きた事に反して、「釜石の軌跡」という言葉があります。小中学生の生存率が99.8%であった。日ごろの防災教育、正しい知識の重要さを感じます。
なぜこれほど地域によって教育に差が出てしまっているのか問題にも思います。

HP:小中学生の生存率99.8%は奇跡じゃない

イオンタウン釜石に立ち寄って、買い物をして薬師公園を目指しました。
イオンタウンの店内には、避難場所である、薬師公園へ向かう出口が掲示されていました。
それに沿って向かいました。

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登りました。

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あまり広くは無いかな。戦災者の霊を慰め、平和を祈って建てた平和女神像があります。

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HP:釜石市 薬師公園

頂上からの景色です。ここから見る範囲では被害はあまりないように見えてしまいます。

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公園近くに示された、津波の浸水高さです。

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外壁がカラフルでかわいく思え撮影しました。

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釜石市のHPに、まちづくりの状況を説明したページがありました。
HP:釜石市 復興まちづくりの状況

大槌町 4月11日

2017年05月04日

12時半頃大槌町に到着しました。
今年も旧役場に立ち寄り手を合わせてきました。
一部通れない場所がありましたが、周りの道路はほとんど完成していた感じでした。

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旧役場庁舎は、保存か解体かがまだ正式には決まっていないようです。
現町長は、解体を公約に掲げて当選していますが、議会からは解体の先送りを提案されています。これまでは、町の再建のために予算を充て解体関連の予算を提出していないそうです。今年の6月以降には方針が決まるかもしれません。

HP:毎日新聞 「保存」「解体」示さず 大槌町旧役場庁舎、議会特別委が報告書 /岩手

今年も城山公園に向かいました。
絵は、ありませんが、県道280号線沿いには、住宅が並んでいました。

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城山公園から。東側です。昨年は無かった住宅が見えます。

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南側です。こちらも道路が完成し、新しい建物も建ち始めています。

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城山公園には、身元不明者の納骨堂が、今年の2月に完成していました。
そちらでも手を合わせてきました。

HP:朝日新聞 東日本大震災、身元不明者の納骨堂完成 岩手・大槌町

この後シーサイドマストに立ち寄って、2年前にも食事をした千勝でカキフライを頂きました。やっぱりどうしても食べたかったので。


山田町 4月11日

2017年04月27日

山田町に来たら行こうと思っていたお店、とっと。
リサーチ不足でした。定休日^^;カキが食べたかった。

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HP:山田町観光協会

とっとをとっとと後にして山田地区へと向かいました。
昨年とはずいぶんと変わっていました。新しい街ができてきています。
こちらは、建設中の山田駅。

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駅の周辺を歩きました。

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線路はまだこれから。
山田線(宮古~釜石間)は、2018年度内の開業を目指しています。

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ここは将来線路の真ん中。砂利の運搬車両が行き来していました。

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駅の西側です。ここは、嵩上げ途中のようでした。

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昨年は建設中だった復興公営住宅が完成していました。
岩手県のHPには、「災害復興公営住宅の整備状況について」書かれたページがありました。山田町は建設中の場所がまだ多くあります。

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45号線は、昨年は盛り土状態でしたが、出来あがっていました。
奥に見えるのは、防潮堤です。

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防潮堤の海側です。漁業施設が立ち並んでいます。
昨年は、ここで行われていた、カキまつりに参加しました。カキとホタテを頂きました。
4月29日がカキまつりです。

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防潮堤の45号線側、海側、ともに建物が並べば、防潮堤をあまり意識しなくてすむのかなと思いました。

HP:山田町

山田線の工事の進捗資料がアップされています。
HP:JR東日本 盛岡支社 お知らせ

宮古市の防潮堤 4月11日

2017年04月26日

震災メモリアルパークから45号線に戻り南下しました。
宮古市高浜、45号線沿いの防潮堤です。

高さが分かるかと思います。
完成までもう少しのようでした。

スマホでの撮影です。大きく見る場合は、Youtubeに移動してご覧ください。

震災メモリアルパーク中の浜 4月11日

2017年04月23日

今回初めて来た場所です。震災メモリアルパーク中の浜は、ちょうど田老と宮古との中間地点にあります。田老からですと、45号を左折しますが、入り口がちょっと分かりにくかったです。

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下のパネルは、宮古で観測された波形を示しています。

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案内図になります。記述してある内容です。
「2011(平成23)年3月11日、中の浜には15mを超える津波が押し寄せました。
美しい海辺のキャンプ場として多くのにぎわいがあった中の浜は、津波により一変しました。
環境省は中の浜キャンプ場の施設を震災遺構として保存し、震災の記憶を伝える場として「震災メモリアルパーク中の浜」を整備しました。

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パネルの記述内容。
「破損した水遊戸の防潮堤を、モニュメントとして保存しています」

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遺構として保存されているトイレ。

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こちらは、遺構として保存している炊事棟です。
被災前の写真が置かれています。もともとは屋根のある炊事棟だったことが分かります。

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展示広場です。
震災の被害状況、当時の状況、宮古市の津波の写真、津波の被害の写真、津波災害について未来へ引き継ぐべき話などが書かれています。
赤い丸い点は、過去の田老地区の津波の高さを示しています。上側のは、明治三陸津波の高さ13.64mを示し、下側は、昭和三陸津波7.69mを示しています。

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足元には、世界地図があり各国からの支援の様子が書かれています。

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「展望の丘」の断面構造。
展望の丘は、大型トラック2800台分の震災がれき由来の再生材を用いて作られています。

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津波災害に備えて
未来に引き継ぐべき津波の伝承や
被災各地の語り部さんからのお話を紹介するコーナーです。

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一部内容を書き出します。
釜石の軌跡、防災教育の重要性が書かれています。小中学生の生存率99.8%。
田老地区の防潮堤、防潮堤の役割は、一時的に津波を食い止めるもの。津波被害から身を守るためには迅速な避難が基本。

展望の丘からの眺めです。

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こちらにも一つ展示がありました。津波の高さを体感することができます。

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ここから宮古を通り山田町へ向かいました。

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