南三陸町

2016年05月18日

防災対策庁舎です。昨年は近くまで行けましたが、周辺には入れず、通りをはさんだ場所から手を合わせてきました。

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防災対策庁舎は、2031年3月まで県有化し保存されます。その後町に返されます。
それまでに解体か保存かを決めるそうです。

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計画を見ると、防災対策庁舎の周辺は公園となり、その周辺の道路は嵩上げが行われ、道路からは見降ろす形になるようです。

今年もここに立ち寄りました。いいですねここ。

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お店は、はしもと。ウニ丼です。値段は忘れました。。。。

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商店街に向かう途中高台へ向かう道を見つけ、食事の後に行ってみました。
志津川小学校があり、その前からの景色です。
高台の造成地から発生した土を活用して嵩上げを行っています。

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志津川市街地を広く見渡せる場所でした。防災対策庁舎が見えます。

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川の左側は、商店街と道の駅が作られ、防災対策庁舎の周りは公園とする計画のようです。
土地の引き渡しは、平成30年を予定してます。

HP:南三陸町の復興とこれからの歩み

大谷海岸 竹の会所 伊里前福幸商店街

2016年05月16日

気仙沼から南三陸町へ向かう途中立ち寄った場所です。

昨年も立ち寄った道の駅大谷海岸。今年は、ふかひれソフトではなく普通のソフトを頂きました^^

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ここの景色は、変わっていませんでした。

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道の駅を後にして45号線を行くと、目に入ってきた不思議な建物。

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車を止めてお邪魔してきました。竹の会所と言う場所でした。

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"竹の会所"について
「震災ひと月後、この地を訪れたとき、津波で「みんなが集まる場所もかくなってしまった」とお話を聞きし、私たちに何ができるのか?と悩みながらも、このプロジェクトを決意しました。私たちには資金力も権力もありませんが、学生たちの若い力、エネルギーがあります。その力を合わせて、少しでも地域のみなさんのお役に立てればという想いでした。
すべて手作業の自力工事は難航を極めます。台風直撃を受け、ようやく立ち並んだフレーム全てがなぎ倒されました。それでも学生たちは諦めませんでした。
完成のとき、平磯芸能保存会の方々が虎舞を舞って竣工を祝ってくださいました。
「ひとりひとりは小さな力でも、みんなの力を合わせれば大きな力になる」その思いを実感した学生たちは、"たけとも"を発足させ、子供たちのためにお祭りを開いています。子供たちと学生たちのまるで兄弟のように無邪気に触れ合う笑顔が印象的です。"竹の会所"はいずれ無くなりますが、彼らの心の中にはずっと生き続けるのではないだろうか。時間と空間を超えて、ひとつひとつの小さな絆がつながってきているのではないだろうか。
「会所を通して、私たちの想いとみなさんの想いがひとつとなり、心の支えとなれば幸いです」
ここは、笑顔の集まる場所です。」
滋賀県立大学 陶器浩一

竹を組んで建てられた建物でした。

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なんかここ、よかった。

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Facebookに学生たちの奮闘ぶり、子供たちの笑顔がありました。

HP:Facebook たけとも

2012年度日本建築大賞となっていました。
HP:日本建築家協会

昨年も同じ道を通りましたが、気がつかなかった。。。
検索して見たHPには、4年間との記述もあったので、もしかしたら今年取り壊しになるのかもしれません。

こちらは昨年も立ち寄った、伊里前福幸商店街です。嵩上げのためか昨年とは反対側に店舗が並んでいました。

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昨年撮り忘れた郵便ポスト。

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このポストは、津波で流され、約2400キロ離れた西表島で発見され、その後南三陸町歌津に帰って来た郵便ポストです。

今年も山雅のフラッグを探しました。通り側で見つけました。

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山雅も頑張れよ。

HP:伊里前福幸商店街

気仙沼 2016年4月30日

2016年05月15日

今年の宿泊先は、ルートイン。
到着した時すでに日が落ちていて、町から外れた場所でしたので、車で、気仙沼横丁へ。
海鮮居酒屋大魚丸さんで食事をしました。マグロいくら丼だったかな。
写真は撮り忘れてしまった。^^;;

次の日の30日に、昨年も通った県道34号線を通ってみました。
昨年は、バスの高さほどの盛り土が行われ、見晴台があり、そこには津波の高さを示すパネルがありました。嵩上げが終了し新しい道路が作られていました。
34号線の動画を撮影しました。スマホの縦の映像です。見にくくてすいません。

大きい画面で見たい場合は、YouTubeに移動してください。

数年後この道を通ったら何事も無かったかに思えてしまうかもしれません。


陸前高田 2016年4月30日

2016年05月11日

29日陸前高田に到着したのは、夕方。
この日立ち寄ったのはここだけ。キャピタルホテル1000の駐車場です。
ホテルは、少し高台にあります。そこからの陸前高田です。

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出発前にここに泊まろうかと迷ったホテルです。どこにあるのかと見に行ってきました。
良い場所にありました。次回はここに泊まるかな。

HP:キャピタルホテル1000

この後この日の宿のある気仙沼に向かいました。陸前高田には翌日30日に戻って回りました。

奇跡の一本松へ。
周辺はベルトコンベアは撤去が終わり、後は川を渡る希望のかけ橋だけとなっていました。
希望のかけ橋も9月までには撤去されるそうです。

昨年は、希望のかけ橋の下を通り、回り込むルートでしたが、今年は直線的に一本松まで通る道となっていました。

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土砂の排出口のスイング用レールのあった基礎。

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ベルトコンベアのあった基礎。

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あちこちに避難路が示してありました。奥に見えるのが希望のかけ橋です。

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奇跡の一本松。

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やなせたかしさん画「ヒョロ松君」イラストをタイルで描かれています。

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イラストをなぞって、おひさまを右にずらして撮影。

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奇跡の一本松を後にして、昨年は見なかった場所を回りました。

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橋の上から。盛り土は行われていますが、この後はどうなるのか?

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市役所と消防署のある高台へ向かいました。

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やっぱり確認してました。ナンバープレート31-19

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消防署の奥は災害公営住宅が建設中でした。もう少しで完成と言った感じです。

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消防署の向かい側では、造成が終わり新たな住宅の建設が進んでいます。

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帰ってからあの場所はどうなるのかと思い、陸前高田市のHPを見ています。
PDFファイルで枚数が多くて見るのも大変だったりします。
地区によってその整備方針がかなり違います。どう変わって行くのかまた自分の目で見て行きたいと思っています。

大船渡

2016年05月10日

昨年は、嵩上げの盛り土が行われていた場所が多く、防潮堤は建設中でしたが、
今年は、新しい道路ができ、新しいホテルの建設も進んでいました。

建設の終えた防潮堤。

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新しい建設中のホテル。歩道も綺麗です。

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ホームセンターとスーパーが並んでいます。

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昨年は砂利が敷かれていましたが、今年はバス専用の道路となっていました。
気仙沼線・大船渡線BRTにもいつか乗ってみたい。

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HP:気仙沼線・大船渡線BRT(バス高速輸送システム)

この駐車場は、計画によると2018年に工事が完了する予定です。

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歩けた範囲はわずかでしたが、新しい街ができつつある感じを受けました。

HP:復興計画推進委員会

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