釜石 復興の鐘

2016年05月08日

釜石の駅前に立ち寄りました。車は駅のお隣のシープラザに置きました。

駅前にある復興の鐘。

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鐘には4つの文字が刻まれています。

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石碑のより。
全国1万人もの方々に1枚300円の「釜石復興の風うちわ」を購入していただきその支援資金と寄付金により完成しました。
鐘の側面には、4つの文字が刻まれています。
大震災で亡くなった多くの方々への「鎮魂の鐘」、
被災した郷土の復活を願う「復興の鐘」、
この震災を忘れず後世に伝える「記憶の鐘」、
そしてだれもが持ち続けなければならない「希望の鐘」です。
鐘を囲むモニュメントは、合掌をデザインしています。

シープラザ2階西側フロアでは、イベントの準備中でした。
ラグビーカフェのオープンイベントです。時間がなくて見れませんでした。
2019年のラグビーワールドカップは釜石も会場となっています。

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HP:ラグビーカフェ釜石

釜石市のゆるキャラ、かまリンも会場に来ていました。
釜石市の「か」をモチーフに右手には高炉の炎、左手には市の花「はまゆり」を手にしているそうです。

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シープラザ2階には復興情報のパネル展示もあります。

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駅から少し離れたドラッグストアーに立ち寄って、その裏手に消防署を見つけました。
私には、ナンバープレートを確認する習慣が付いているようです。

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大船渡へ向かいましたが、その途中虹が出ているのを見つけて。

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慌てました。いい場所へと思って車を走らせましたが、道を間違えたり、
もっと濃かったんですが、残念ながら間に合いませんでした。

次回来る時はもっと釜石に付いて学んでから行こうと思っています。

HP:釜石市

大槌町

2016年05月07日

2時頃に大槌町役場に到着しました。
役場は遺構として残すのか結論はまだ出ていないようです。

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役場で手を合わせた後、立ち寄ったのは赤浜地区です。こちらでもイベントが行われていました。
さすがに食べれなかった。。。

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周辺を歩いてみました。

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沈下した分を嵩上げしたためでしょうか、扉が埋まってました。

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旧役場の西側の高台にある城山公園です。

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希望の灯り。神戸から送られた灯りです。

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この場所から町を見下ろすことができます。
嵩上げが終わり、新しい道が出来ていました。

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大槌町に来た時は、またここに来て町の様子を見たいと思います。

山田町

2016年05月07日

宮古で泊まったホテルに、山田湾のイベント情報のチラシがあり、行ってきました。
会場は国道45号線沿い山田魚市場。カキまつり!活気まつり!

結構な人が出ていました。

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この日のお昼ご飯となりました。カキ150円、ホタテ220円だったかな。。。

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買ったカキをその場でBBQで食べるコーナーも設けられていました。
家族ずれの方達が楽しそうでした。いい。

少し周辺を歩きました。防潮堤。

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土砂運搬用のベルトコンベアー。

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新たな国道45号線のための盛り土。

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建設中の建物は、災害公営住宅のようです。

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昨年は更地でしたが、嵩上げが進み新しい建物の建設もすすんでいました。

HP:山田町観光協会

国道45号線の標識について

2016年05月04日

東北の旅行で、田老から南に向かうのに通ったのが国道45号線です。
国道45号線には、津波に関する標識が設置してあります。
その内容をまとめた看板がありました。

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国道45号線は結構アップダウンが有って、登坂車線がある場所もあります。トンネルも多いですね。
下っていくと、「ここから過去の津波浸水区域」の標識があり、その後、前方何m後方何mの標識があります。
どちら側に逃げればいいか判断ができます。

でも、あくまでも過去の浸水区域ですので、それ以上があるかもしれません。
避難する時は、さらに上へと行くべきでしょう。

田老地区 2016年4月29日

2016年05月03日

今回の旅の目的、田老で、学ぶ防災に参加しました。
運よく当日の連絡で対応していただきました。ありがとうございます。

防潮堤→製氷貯氷施設→たろう観光ホテルと回りました。

まずは、防潮堤について。
青いのが扉となっています。昨年は扉は開いた状態で、通れるようになっていました。
震災前には、扉の上にエンジンがありこの動力で扉の開閉を行っていたそうです。
今後作る防潮堤には、こういった扉は無くし、その上を通る道を作るそうです。
扉を閉めに来た人達に被害が及ぶことを考慮してそのような構造にするそうです。

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防潮堤からの景色です。昨年も上った場所です。
昨年は嵩上げ用の土が盛られていましたが、野球場が出来ていました。今後はその隣に道の駅ができるそうです。

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登った防潮堤は、震災を耐えて残っていますが、その他の防潮堤は破壊されています。
作った年代、作りが違うために、破壊されてしまったようです。

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扉の周りは、鉄筋が入っているため壊れずに残っていますが、その他の部分は土砂にコンクリートをかぶせた構造のためか、破壊されてしまっています。
たろう観光ホテルの左側に見えるのが、高台の住宅地です。

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製氷貯氷施設前から。左側の建物は市場です。
この場所は沈下したため、嵩上げを行っています。製氷貯氷施設については昨年も書いたので省略します。

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たろう観光ホテルです。

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震災遺構として保存が決まり、整備が行われ、4月1日から内部が公開されています。
今回これが見たくてここまで来ました。

1、2階の状態です。

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外階段は元々あった階段です。5階まで上がりその後は内部の階段で6階まで上がります。
内部は当時のままです。

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地震に対しての心得が貼られていました。これは震災前から貼ってあったものです。

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6階の角部屋です。ここで映像を見せていただきました。

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窓からの景色です。
ホテルのオーナーがここから撮影した映像をこの場所で公開しています。
窓からの景色を見て、ここから撮影した映像を見てほしいとの思いがあります。
映像はこの場所でしか公開されていません。
映像の内容は、もちろん津波の映像です。詳しく書くのはやめときます。

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駐車場の入口に地殻変動が分かるモニュメントが置かれています。
前日の4月28日に式典が行われたそうです。
2.81m移動している事を示しています。

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地殻変動について下記のサイトを紹介します。

HP:国土地理院

野球場も見てきました。
落成式は、4月22日でした。まだ出来たばかり。キット、サクラサク野球場

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あきらめない心スタジアムとも呼ばれています

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お話の中から。
田老は防潮堤があって直接海が見えない。
中学校は、防潮堤の内側だが低い位置にある。そこからは製氷貯氷施設の屋根が見える。
屋根の上に水しぶきが見えた。その光景を見て高台に避難することになった。
決めたのは、用務員さん。先生は転勤がある、津波に対しての認識は低かった。

最後に高台の住宅地です。造成が終わり新たな町づくりが進んでいます。

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ここから45号線を南へと向かいました。

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